趣味の写真とのんきなお喋り
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サンタクロースはゐるのかどうかといふ問に答へるのは、案外むづかしい。

ところで、この問を最も頻繁に発するのは、おそらく小学生以上の子供たちではなからうか。未就学児だと、まだ無邪気に信じてゐる子が多いやうな気がするのだが、いつたん学校といふ閉鎖社会に放り込まれてしまふと、どうも次から次へと悪いことばかりを覚えてしまひ、その挙句に、サンタの存在に疑義を呈して否定してかかり、そのくせ師走が近づいてくると、にこにこ(にやにや)と親の顔色ばかりを伺ふやうになる……やうな気がしてならない。

しかしながら、さうしたガキ、いや子供たちに対してさへサンタの不在証明をするのは、少々気のひける話なのである。といふのは、やはり出来ることなら、せめてこの一点だけでもまだまだ子供らしくあつてほしいといふ大人からの一方的な、しかし抜きがたい思ひ込みがこちらにはあるからだ。だから、個人的には一世紀以上前にニューヨーク・サン紙が掲載した例の社説(リンク1 リンク2)を、子供だましさといふエコーを耳の奥に聞きつつも、しかし、まだ幼い子供相手には囁きたくなる誘惑を断ち切ることが、幸か不幸か、私には出来ない。きつと世の多くのオトナも同じ気分でゐることだらう。いや、ゐて欲しいものである。





では、なぜ、かくまでサンタ伝説にこだはるのかといふと、これは私には子供の夢に関はる重大問題だと思ふからだ。もちろん、ただ単に架空の存在を「ゐる」と言ひくるめるだけならば、それは別にドラえもんだらうがショッカーだらうが何でもいいはずだ(とはいへ、ドラえもんだとのび太やジャイアンもセットにしなければならないので話がややこしくなるし、ショッカーなんかに実在されてはそれこそいい迷惑なので、ここでは封印しておきたい)。だが、他の架空のキャラと違ひ、この赤と白のひげ爺さんだけは、良い子になるといふ条件と引換へに、そこらの坊つちやん嬢ちやんも一切差別することなく平等に扱つてくれるからだ。

なるほど、「よいこ」になるなんて簡単だ。一日か二日、ではなく、一日にほんの数分でいい、歩いて数分のお使ひをし、にこにこはきはきと返事を二三度するだけで、少なくとも親の目には「よいこ」と映るだらう。映つてしまへばもうしめたもので、これでWiiだらうがPS3だらうが、ゲットしたも同然だ。この程度のことならちよろいもんよ、朝飯まへだね、とうそぶいてテンとして恥じぬ、こまつちやくれたくそがきのことを私は言ひたいのではない。そんな子供は私だつてキラヒだぞ!





閑話休題。私が言ひたいのは、サンタのプレゼントのためによい子になつて、そして本当にプレゼントがもらへるなら、それは、その子にとつては「夢がかなつた」体験になるだらうといふことだ。数千円(数万円のこともあるやうだが……)で買へる夢なんてたかが知れてゐるといふ言ひ方も出来るが、逆に言へばわづか数千円で買へるのだから(このご時世に!)安いもんだ。何の遠慮が要るものかと私は声を大にして言ひたいくらゐだ。

そして、大真面目に言ふなら、それは「自分にも幸福が与へられるんだ」といふことを、もつと大きく言へば「自分は人生を肯定していいんだ」といふ小さな安心を、その子の心に植付けることになるだらう。その安心は、言ふまでもなく小さなものだ。しかし、小さくても確固たるものだと私は思ふ。

「自分は幸福を与へられるに相応しい人間なんだ」「自分も幸せになつていいんだ」といふ気持ちを、ほんのちよつとの演出で、しつかりと子供の心に植付けることが出来るのだ。これがため、私は「サンタなんかゐないんですよ」といふ事実を子供に告げるのに躊躇を覚える者である。読者諸賢の賛同は必ずや得られるものと私は信じて疑はないが、しかし依然として問題が残る。

それは何かといふと、子供時代をとつくに終へて、義務教育以上の教育も修め、気がつけば所帯をもつて親に(どちらかといふと、パパ・ママよりは親父とお袋に)なつてしまつた世代の人間たちのことだ。

はつきり言へば、このトシでサンタの実在を信じるのは非常につらいものがある。財布の紐かクレジットカードの暗証番号か、どちらを開くのかは知らないが、いづれにせよ、金銭的負担を強いられるのはこちらなのである。相手は一銭も負担しないのだ。のみならず、時と場合によつては女房だつて負担しない。なんでオレ一人がと嘆く親父の前に現実といふ名の容赦の無い壁が立ち塞がるのだ。おそらくは少なからぬ同輩が以下のごとき無情の言葉を耳にしたことがあるのではあるまいか。いはく「プレゼント代なんてあんたのボーナスから出せばいいぢやないのよ。で、ついでにあたしにも何か買つて頂戴♪ ね、いいわよね!」





かくして世の親父たちの孤軍奮闘が始まる。足の向ふ先はトイザらスかヨドバシカメラか。オレにもなんか買つてくれよ、あの単焦点レンズ50mmF1.4でいいからさ、とぼやきつつ、買つたおもちやにこの時季限定のラッピングをしてもらつてあなたは家路につく。さういへばオレが子供の頃、サンタなんてゐたかなあ、ゐなかつたんぢやないかなあ……と、ふと思ふことがあるかも知れないが、御同輩、心配無用だ。サンタはゐるのだ。確かにゐるのだ。

周りを見まはしてみよう。今宵、多くの家庭で、親が子にプレゼントを与へる。そして、子供は、良い子にしてゐさへすれば、夢がかなふ(たとへ小さな、ゲンキンなものであつても)といふことを学ぶ。喜ぶ子供の顔を見ながら、やがてあなたは気づくだらう。子供に夢と幸福を授けたのは、他ならぬあなた自身であつたといふことに。

サンタクロースの存在によつて、子供が夢と幸せを手にするのなら、大人には子供に夢と幸福を授ける機会が与へられたことになる。だから、あなたがその役割りを引受けて、ささやかなものであるにせよ(高価なものであるにせよ)、子供にプレゼントを与へ、同時に何か大切なことを伝へたとするならば、その時サンタクロースは確かに存在することになるのだ。他ならぬあなた自身の心の中に。


本稿は、hirax.net「サンタが街にやってくる 複数サンタクロースの巡回問題」(音楽が鳴ります)に多くを負つてゐます。記して感謝の意を表します。有難う。
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支配人プロフィール
HN:
NOMi Koichi
年齢:
51
性別:
男性
誕生日:
1965/07/09
趣味:
写真、音楽、文学
自己紹介:
Koichi NOMi と申します
東京在住の写真好きです

女の子ポートレイトを中心に
街やらライブやら
色んなものを写して
表現して楽しんでゐます
皆さま
どうぞよろしくお願ひ致します
(*^▽^*)/

フランスの写真家
ギイ・ブルダンが大好きです
(Guy Bourdin, 1928-1991)
Guy Bourdin: A fetish for fashion
明快な細部と曖昧な物語性
大胆な構図と緻密な状況設定
そして色
どこをとつても素晴しい!

私も
どうせ写真を撮るなら
彼のやうな作品が撮りたいな
とは思ふのですが
ちよつと道のりは遠いかな
(苦笑)

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