趣味の写真とのんきなお喋り
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今時、トルストイなんて、しかも『復活』なんて、とてもぢやないが流行らないとは思ふけれど。
でも、なぜか無性に読み返したくなる時がある。



自分のブログでは自分について出来るだけ語らないやうにしてゐる。他人の私生活には興味が無いのでそんなものには触れないことにしたのと併せて、自分の私生活についても口を閉ざさうと決めたからだ。また、以前、MSNで運営してゐたブログ「四百字の遊び」でもさうだつたけれど、政治や時事問題についても語るまいと決めてゐる。趣味の場は趣味の話で満ちてゐるべきであつて、そこに雑じつた政治だの時事問題だのといつた話は、スープに落ちた髪の毛のやうなものとしか思へないからだ。

でもここで、私についての最小限度の情報を公開しておくと、これでも私はロシア文学者のはしくれで、一応、日本ロシア文学会の正会員だし、日本トルストイ協会の理事を務めてもゐる。むろん、お察しのとほり、碌な仕事をしてゐない。さらに、多少の心得はあるものの、ロシア語を使つて禄を食んでゐるわけではないので、学会の一員ではあつても職業研究者ではないといふ点は、内心に忸怩たるもの無しとせずといつたところではあるが、まあ、このあたりはさしあたりどうでもいいことにしておきたい。なほ気になる向きにひとこと申し添へておくなら、私は、いはゆる国語の先生である(困つたことに業界ではちよつと知られた顔らしい。だから本名は出さない)。

だから、トルストイの文学作品に対する解釈では一家言持つてゐるつもりでゐる。とはいへ、トルストイといふ名を聞いて人がすぐ連想するやうな“人生論的文藝解釈”すなはち、小説を読んですぐに「人はいかに生きるべきか」といふ人生論的問題に結び付けてしまふ発想とは自分なりに距離をおいてきたつもりである。それもかなり長い距離を。たとへば私の業績の中でも人に知られた部類に入る「『戦争と平和』の時間」といふ論文は、あの長篇小説の「語り」の問題“だけ”を扱つてゐて(したがつて最低限のロシア語文法の知識……程度では理解できない。のみならず、どんな知識があつても理解できないしろものなのかも知れないが)、世間で言ふ作品のテーマだとか作者の言ひたいことだとかに関する考察はほとんど無い。だが、その語りの特徴ないし特長に関しての見解は、たぶん今でも、世界最先端のものである。この点には強烈な自負の念を抱いてゐる。もつとも、これ一つだけれども。

そんな私でも、トルストイの哲学、俗に言ふトルストイ主義から何も学ばなかつたといふことはないと思つてゐる。それはもちろん、酒も煙草も嫌ひだといふやうな卑近な問題だけではなく(トルストイを読んでも読んでゐなくても、私は酒も煙草も嫌ひなままだつたらう)、世の中に対する自分の位置づけ、世の中と自分との距離の測り方に、きつとそれは関係してゐると自分では思つてゐる。そして私は、さうした世の中との距離の測り方(世の中との距離の置き方、ではない点に注意されたし)を、どちらかといへば、彼の長篇小説を精読することによつて身につけたと思つてゐる。

どういふことかといへば、それは例へばかういふことだ。トルストイの小説が長いことの一因に「回りくどい描写」がある。ひとこと素直に「彼は敵の弾に撃たれて死んだ」とでも書けばいいところを、トルストイは、“耳慣れぬ大きな音があたりに響いたかと思ふと、彼は突然手足を奇妙なかたちに折り曲げ、頭をぶるぶる振はせて、それから急にその場に倒れ込むと、すぐに黙つて動きを止めてしまつた”のやうに書く(ただしこの文は私の創作。トルストイ作品からの引用ではない)。つまり、一連の動きを細分化し、しかもわざわざ遠回しな言ひ方をするのである。これを、かつての研究者や評論家は、生れて初めてその現象を観察してゐる人間になつたつもりでその出来事を、術語・専門用語・固有の言ひ回し等を避けて表現してゐるのだ、と言つた。もちろん今、私はヴィクトル・シクロフスキイの「方法としての藝術」を念頭に置いてゐる。シクロフスキイはかうしたトルストイの方法を「非日常化=異化」と呼び、言葉によつて世界を新しく捉へる強力な方法であると評した。

その通りだと私も思ふ。出来事や事象の内側にゐて、そして尚且つ内側の人たちが使ふ言葉を繰返し使つてゐるだけでは、現実世界の多様性は決して見えて来ない。トルストイがことさらに専門用語の類を作品世界から追ひ出したのは、見慣れたはずの世界を“異邦人の目”をもつて捉へ直したらどうなるだらうかといふ、彼の認識の方法の実験および実践であつたのである。

だから、手垢のついた言ひ回しや仲間内にしか通用しない言葉をもつてものごとを語る人間を見てしまつたりすると、私は反射的にトルストイの異化を思ひ出し、そして、その異化の最も強力な例として、晩年の大作(にして大ヒット作、しかし失敗作)である『復活』を思ひ浮かべるのである。特にその第一編の39章と40章を。

ロシア帝国の監獄では内部に礼拝堂があり、教会歴に沿つた礼拝行事が囚人たち相手に営まれてゐた(といふのは恐らく各国共通の事情だらう)。主人公カテリーナ・マースロワすなはちカチューシャも、囚人のひとりとしてその日の礼拝に参加する。その礼拝の模様を、トルストイは決してロシア正教会の用語を使はずに書く。司祭の礼拝用の衣服も礼拝用の祭壇も、当然ながらロシア正教会特有・固有の用語がある。しかしトルストイはそれらを徹底して避け続け、監獄内部の神の儀式なるものの滑稽さを暴き立てる。そして第40章冒頭で、それらの儀式は主イエスその人によつて禁じられたものだつたといふ独自の解釈を書きつけて(トルストイといふ人は古代ギリシャ語を習得して、自らの手で福音書原典をロシア語訳した上で註釈を附し、時の権力機構が押し付けてゐた解釈に真つ向から勝負を挑んだ人間である)、その結果、当時の帝国宗務院を激怒させ、自分は教会から破門されてしまふ(これは今風に言へば市民権の剥奪に近い)。それでもトルストイはペンを置かなかつた。

「私たちは事象AをAと呼ぶことにしてゐるので、あなたもこれをAと言へ」と言はれたら、私は場合によつては、抵抗するだらう。そしてその抵抗の方法は、トルストイが(そして彼の前後のロシアの作家や詩人たちが)したやうに、言葉によつて「事象A」を再解釈し、それを「事象B」もしくは「事象Z」として再呈示すること、である。いささか唐突なしめくくり方かも知れないが、その抵抗に「暴力」は含まれない、なぜなら私の目には、「造反有理」(文化大革命といふ名の国家的野蛮)も「問答無用」(五・一五事件といふ名のテロリズム)も相似形にしか映らないし、そのいづれも、『収容所群島』(ソルジェニーツィンによるたつた一人の反乱)を知る身にとつては、「歴史の負の遺産」でしかないやうに思はれてならないからだ。そして、世代によつては、流された血と涙とが、依然として生々しい今の記憶そのものであることも、同時に忘れてはならないと、私は強く思ふ。

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NOMi Koichi
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1965/07/09
趣味:
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自己紹介:
Koichi NOMi と申します
東京在住の写真好きです

女の子ポートレイトを中心に
街やらライブやら
色んなものを写して
表現して楽しんでゐます
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どうぞよろしくお願ひ致します
(*^▽^*)/

フランスの写真家
ギイ・ブルダンが大好きです
(Guy Bourdin, 1928-1991)
Guy Bourdin: A fetish for fashion
明快な細部と曖昧な物語性
大胆な構図と緻密な状況設定
そして色
どこをとつても素晴しい!

私も
どうせ写真を撮るなら
彼のやうな作品が撮りたいな
とは思ふのですが
ちよつと道のりは遠いかな
(苦笑)

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